■ 卓話

「トタン屋根のケーキ屋 ア・ラモート」新本高志 様
演題:あなたのためにできること
皆さま、どうもありがとうございます。
本日はお招きいただきまして、本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。
まず、こうして皆さまの前でお話をさせていただくとき、私はいつも思うんです。
「有名になったから」とか、「テレビに出たから」とか、「新聞に載ったから」とか、「立派になったから」呼ばれた、ということでは決してありません。
皆さまの前でお話をさせていただくということは、私にとっては、自分を反省する時間なんです。
こうして皆さまの前に立たせていただいて、
「自分は本当にどうだろうか」
「ちゃんと感謝して生きているだろうか」
と、振り返らせていただく時間でございます。
そのような反省の時間を、本日、宮川さんにご準備いただきました。
本当にありがとうございます。
そして何よりも、今日は久しぶりの外食でございます。
私と家内が年に一回か二回、「行きたいね」と言っているキャッスルの中華料理を、こうしていただくことができました。
できることなら、おかわりもしたかったくらいです。
ただ、おかわりは今度、家内と一生懸命働いて、自腹で来たいと思います。
人様の前でお話をするときには、本当は、知らない場所で、知らない方ばかりの前で話すのがいいんです。
ところが今日は、この限られた空間の中に、知った方がたくさんいらっしゃいます。
私の息子の同級生のお父さまをはじめ、宮川社長、そして生駒さん。
特に生駒さんのお母さまは、私が35年前に初めて自転車でケーキを売りに上通を歩いたとき、一番最初にケーキを買ってくださった方でございます。
そのとき、お母さまがおっしゃった言葉が、今でも忘れられません。
「自転車も立派なお店だから、卑下する必要はない。
あそこの店が立派で、あなたの商いが劣っているなんてことは決してない。
その代わり、あなた、一つだけ約束しなさい。
自転車も立派なお店だからね。続けないといけないわよ。
続けることが、新しいものを古くしないのよ」
そのおばあさまの言葉を、私は今も守っているだけでございます。
今日、そのご縁のある方々にまたお会いできたことを、この場をお借りして感謝申し上げます。
それから、先ほど鈴木さんが目の手術のお話をされました。
目がよく見えるようになられて、本当にようございました。
ただ、私が個人的に思いますのは、小説家の五木寛之さんが以前、こうおっしゃったことがあるんです。
「荒本さん、年を重ねて目が悪くなるのも、そんなに悪いことばかりじゃないよ。
なぜかというと、朝起きて洗面所の鏡の前に立ったとき、目がよかったころは、自分の顔のシミもソバカスもはっきり見えた。
でも、少しぼやけて見えるようになると、40年間連れ添った家内の顔も、なんとなく今日も綺麗かな、と思えるんだよ」
鈴木さんは80歳を過ぎたとおっしゃいましたが、まだまだお元気です。
私から見ますと、80歳とおっしゃっても、20歳の青年が4人おられると思えば、苦になりません。
大丈夫でございます。
ありがたいことに、私は3か月に一回くらいの平均で、夫婦喧嘩をさせていただいております。
この間も、その日がやってまいりました。
なんでもないことなんです。
突然、久しぶりに娘が家に帰ってきまして、和やかな雰囲気の中で、娘が言いました。
「お父さん、私が生まれたころにケーキを始めて、もう35年になるね。
あのころ、自転車の荷台に私たちを積んで連れて行ってくれてありがとう。
そのおかげで、今日までの私があるわ」
そう言ってくれたんです。
「そういえばお父さん、最近ちょっと遠くまで行っているみたいだけど、どの辺りまで行っているの」
そう聞かれまして、私は思い出したんです。
「ああ、そういえば3日前に電話があったな。
80代後半のおばあちゃんが、私のケーキをどうしても食べたいとおっしゃった。
『私の家は遠いけれど、あなたは自転車でどんな遠いところでも来ますか』と聞かれたので、
『大丈夫ですよ。月曜日は休みですから、休みの日を利用して行きます』と答えた」
くるみ、栗、りんごのケーキがありますので、初めて食べるから3本持ってきてください、というご注文でした。
ところが、私は行き先をきちんと聞いていなかったんです。
この「行き先を聞いていなかった」という時点で、家内との夫婦喧嘩が始まりました。
「お父さん、あなたはおっちょこちょいなんだから、ちゃんと行き先を聞かないといけないでしょう。もう一度電話しなさい」
「そうだね。確か宇土方面とおっしゃっていたから」
「宇土方面も、その先は松橋もあれば、八代もありますから」
それで電話したんです。
「こんにちは。この間お電話いただきました、ア・ラモートです」
すると、おばあちゃんが、
「ケーキ屋さん。久しぶりにあと3日したら会えるね」
とおっしゃる。
「ところで、宇土方面とおっしゃいましたけれども、宇土から松橋に来ると。
松橋から県道鏡線をまっすぐ行くと八代に。
そして八代でちょっと休憩した方がいいかもしれないわね」
ここで私は聞きました。
「八代方面のどちらですか」
すると、
「人吉」
この言葉には、距離というものが入っております。
自転車でパウンドケーキを3本、人吉まで持ってこいというおばあちゃん。
それを真に受けて、まじめに持っていこうとする私。
うちの奥様からは、大変なお叱りを受けました。
「若隆景くんのお父さん。物事には許容範囲というものがあるでしょう。
まだまだ子どももこれから成長しないといけないのに、言えることと見せることがあるでしょう。死にますよ」
息子が言いました。
「お父さん。お父さんの自転車の速度と、人吉までの時間を計算してみた。
何時間で行くか。お父さん、14時間」
もう、思わず口も開きませんでした。
出発の日は、午前3時には目が覚めました。
遠方に行くときには、自転車の荷台の下に木箱を積みます。
そして籠にケーキを積みます。
人吉までは約110キロ。
道中、坂道もありますから、押して歩かなければならないところもあります。
家内が言いました。
「用心して行かんといかんよ」
「わかった。帰ってこれないかもしれん」
息子が玄関で見送ってくれました。
「お父さん、生きて帰ってきてください」
商いというのは、やっぱり命がけですね。
商いに優劣はないと思うんです。
大事なのは、自分の小さなお店、小さな会社、自分の仕事、自分の人生に、どれだけ感謝の気持ちを持っているかということだと思います。
人は人。
自分は自分です。
でも、ロータリーに入られたおかげで、皆さんもいろいろな方と知り合い、共に道を歩んでこられたと思います。
どんなふうに生きてきたか、ということも大事ですが、誰とともに手をつなぎ、手を携え、励まし合い、寄り添って生きてきたか。
それがとても大事だと、私は思うんです。
八代を過ぎて、坂本というところがあります。
そこで、あるおばあちゃんが言いました。
「今年も来たね、ケーキ屋さん。あんたとは年に一回しか会えない。今年も来たね」
「今日はどこまで行くの」
「人吉まで行きます」
するとおばあちゃんが、
「あんたみたいなオンボロ自転車で、熊川沿いはトラックがバンバン通る。危ないよ。用心して行かないと」
そう言われました。
でも、約束というものは、守るためにあるんですね。
たった3本のケーキかもしれません。
でも、楽しみにしているおばあちゃんとの約束です。
その約束を守るという前提があるから、人と人との関係が成り立つんだと思います。
人吉はいいところです。
人吉でいいんです。
人がいいから、人吉です。
そのおばあちゃんが言いました。
「あんたにお土産を持たせてやろう」
おばあちゃんは、自分の家の隣の畑に私を連れて行かれました。
そして、自分で作った大根を5本、米袋のようなビニール袋に入れてくださいました。
大根には土がついていました。
でも、その土を「汚い」と言うのではなく、小さなお子さんには「大根のお洋服」と言いたいですね。
大根の葉っぱも体にいいんです。
おばあちゃんは、その大根5本を、私のケーキの荷台の白い籠に入れてくださいました。
大根の葉っぱが、まるでテーブルクロスのように広がっておりました。
「用心して行かないかんよ。気をつけてね」
「ありがとうございます」
そう言って、200メートルほどペダルを踏みました。
もう後ろは振り向けません。
まだケーキが何十キロと積んでありますから。
200メートルほどペダルを踏みながら、私は真剣に一つの事実を考えました。
「坂本村でいただいた大根5本。最終目的地は人吉。帰りもまた坂本を通る」
大根は、そのときにいただかなくても、帰りにいただけばよかったんです。
飲み物や食べ物なら道中でいただけます。
でも、大根は道中で食べることができません。
大根5本と、ずっと一緒です。
けれども、これは邪魔な大根5本ではないんですね。
おばあちゃんの気持ちなんです。
ものは考えようです。
荷台のパウンドケーキとともに、おばあちゃんの大根を、おばあちゃんの思いとして荷台に積んで、ペダルを踏ませていただく。
「どうしてこんな遠いところまでケーキを運ばなければいけないのか」
ではなく、
「こんな遠いところまで来させていただいたおかげで、おばあちゃんから大根5本をいただいた。ありがたいな」
と思うんです。
ありがたいというのは、「有ることが難しい」と書きます。
年齢に関係なく、今日この場所にお集まりの皆さんお一人お一人も、過去を振り返れば、どれだけの苦労、つらいこと、きついこと、悲しいこと、苦しいことを乗り越えてこられたでしょうか。
中には、まだ乗り越えることができないまま、心の中に抱えておられることもあるかもしれません。
家族のこと、家庭のこと、仕事のこと。
でも、そのためのロータリークラブではないでしょうか。
共に分かち合い、心の扉をノックして、内側から開いて、仲間の言葉を聞いて、共に歩んでいく。
これが、私たちの本当の友情ではないでしょうか。
人吉へ向かう途中、一勝地というところがあります。
誰も歩いていないところで、ビニールハウスから、80代後半くらいのおじいちゃんが出てきました。
右手にタバコを持って、私を呼んでいます。
「お前、ちょっと来てください」
私は止まりました。
おじいちゃんは、私の顔ではなく、荷台の大根をじっと見て言いました。
「あんた、それをどこから抜いてきた。うちの作物がなくなった」
よく聞いてください。
私は坂本村でいただいた大根を運んでいるだけです。
終戦直後でもないのに、今の時代に、自転車で大根泥棒と間違えられたんです。
おじいちゃんは言いました。
「わしの家は、畑を耕した三つ向こうにある。うちの裏から見えるから、ついてこい」
私の進行方向は逆です。
断ろうと思えば断れます。
でも、年を重ねたおじいちゃんの言葉には、何か意味があるのかもしれない。
おじいちゃんは畑を斜めに歩いていきました。
自転車では無理です。
私は遠回りをして、おじいちゃんの家の前に着きました。
大きな農家の玄関でした。
軒先には大豆などが干してあり、大根も切り干し大根になるのでしょう。
しばらくすると、おじいちゃんが白い布袋を抱えて出てきました。
お米です。
8キロです。
「今度こっち方面に来るときは寄りなさい。あとは自転車で苦労しとるから、よっぽど生活に困っとるんだろう。とりあえず自転車だから8キロだ」
これも、8キロのおじいちゃんの重みです。
ある程度ケーキが売れると、荷台が軽くなります。
それは私にしか分からない喜びです。
「これくらいなら、もうペダルを踏める」と思えるんです。
ところが、ケーキが売れてできた隙間に、大根。
さらにお米。
やっとの思いで、十数時間かかって、人吉の九日町に着きました。
もう日が暮れていました。
狭い道を進んでおりますと、私の鐘の音を聞いて、いきなり一人のおばあちゃんが出てきました。
「止まる!」
私は言いました。
「おばあちゃん、先を急ぐんです」
するとおばあちゃんが、
「この近くに九日町の東海小学校がある。そこを渡って右に曲がって、まっすぐ行くと東海小学校だ。あなたはケーキ屋さんでしょう。テレビで見た。こんな遠いところまで来てくれたんだね。くるみと栗とりんご、私も欲しい」
「3本でいくらか」
「1本1,500円ですから、4,500円です」
「まけは一本ですか」
まけない、というのが大事です。
儲かる、儲からないより、喜ばれないといけません。
おばあちゃんが言いました。
「あんたに土産を渡してやる」
大根、米、と来て、今度は何か。
「らっきょう、好きね」
らっきょうは体にいいですね。
でも、こちらの図で言いますと、ひそかにらっきょうをいただくときは、だいたい20粒か、多くても30粒くらいがありがたい。
汁が漏れないように、鮮度市場か何かのビニール袋で二重にしていただくのが一番ありがたい。
ところが、おばあちゃんが私に持ってきたらっきょうは、瓶ごとです。
あの大きな瓶です。
なぜ、あの瓶のふたは軽いのに、赤やオレンジ色なのでしょうか。
お米、大根、そしてらっきょう。
らっきょうそのものには何の責任もありません。
ただ、籠の下にはまだ木箱があり、そこには私のパウンドケーキが入っています。
毎日、ニュートンの法則で、段差のたびにケーキに亀裂が入っております。
らっきょうの汁と私のパウンドケーキは、まだ出会ってはいけないんです。
ですから、後ろのふたを押さえながら、やっとのことで進みました。
暑いので、たまに後ろを振り向きます。
すると、私を励ますかのように、らっきょうとらっきょうの間を、鷹の爪が見えるんです。
「ありがたいな」
そう思いながら、やっとの思いで公民館に着きました。
おばあちゃんにケーキを3本お渡ししました。
私は喜んでいただけると思っていました。
するとおばあちゃんが言いました。
「あなたにケーキは注文したけどね、私は本当に持ってくるとは思わなかった。持ってきたね」
「来ましたよ」
「そうね。あなたは歴史的にいい日に来た」
「何ですか」
「実は私は、この地区の老人クラブでフラダンスの講師をしている。今日は発表会だった」
メンバーは22人。
そのうち8人がインフルエンザで欠席。
今日は発表に出られないというんです。
それでおばあちゃんが言いました。
「あんた、代わりに出なさい」
私、何も言っていないんです。
年を重ねた方は、皆さんご自分の都合で物事を言われますね。
体が痛いのも、どこそこ悪いのも、全部それぞれ事情があります。
でも、ぐんぐん話は進んでいきます。
おばあちゃんたちのお名前は、カタカナで、昔ながらのお名前の方が多いんです。
皆さん出てこられて、
「一緒に踊りましょう」
と言われる。
「このケーキ屋さんは、髪が短いから、色が黒いから、南方の人に見えるけど、髪が短いから惜しいね。最初から合えばいいけどね」
今でこそコミュニティセンターですが、田舎に行きますと、こういう会場にも大きな等身大の鏡があります。
そこに自分の姿を見たんです。
出発前に息子が言った、
「生きて帰ってきてください」
という言葉を思い出しました。
揚げ句の果てには、口紅です。
口紅というのは、唇につけると言いますけれど、本来は「紅を引く」と言いますね。
京都の舞妓さんが唇の片方だけ赤く紅を引いているのは、まだ半人前。
上下に紅を引くと、一人前の舞妓さんです。
男性の方も冬はリップクリームを使いますし、女性の方も普通は、ご自分の唇の面積に合わせて紅を引かれます。
ところが、おばあちゃんが塗ってくださった紅は、唇の周りまで広がりました。
それは確かに、遠い昔、私の母が使っていたような、ちふれの紅でございました。
発表会が終わりますと、おばあちゃんが言いました。
「もう十分でしょう。私はね、あなたが来たら、今日は家に泊めてやろうと思っていた」
私は言いました。
「えっ」
「私は89歳、独身です」
電話では、ご主人のことを「11回忌」とおっしゃっていました。
そういう場合は「一人暮らし」と言うのだと思います。
確かに、もうお一人です。
家に行きますと、おばあちゃんは大切なお客様用の部屋に案内してくださいました。
仏間に布団が敷いてありました。
私が来たら寝かせようと思ってくださっていたんです。
そこまでは何の問題もありません。
ただ、よく見ると、一つの布団に枕が二つあるんです。
どう考えても、ただならぬことです。
するとおばあちゃんが言いました。
「私は一人暮らしだからね。布団を干しておいたんだけど、今日は発表会があったから、一つ取り入れるのを忘れていた」
そういうことでした。
昔の話、いろいろな苦労話を伺いました。
もちろん、おばあちゃんは89歳の立派な女性でございます。
私もまだ、働き盛りの男性でございますけれども、無事に、何事もなく朝を迎えました。
翌朝、老人会の方々が見送ってくださいました。
そのときの最後の言葉が、
「今度はいつ来てくれるね」
でした。
もしよろしければ、うちの店には自転車がもう一台ございます。
一緒にいかがでしょうか。
コースは三つあります。
天草方面、三角方面、阿蘇方面。
まずは御船あたりでいかがでしょうか。
きついこと、つらいこと、苦しいことは、一人で歩いていくよりも、共に手を支え合い、励まし合っていった方がいい。
それはロータリークラブの皆さまの精神とも同じではないでしょうか。
もう手短にお話しします。
時間はあと何分でしょうか。
あと5分ですか。
はい、あと5分ですね。
父の日に、娘と息子が、
「お父さん、35年頑張ったね」
と言って、時計をプレゼントしてくれたらよかったんですけれど、今見たら止まっております。
たしかに、あまり高い時計ではなかったんです。
あと5分ですね。
私は、事情がありまして、親も早くに亡くなりました。
大阪の養護施設で育ちました。
大阪の施設を出たあと、短歌が好きで、ご縁があり、亡くなられた小説家の三浦綾子さんのもと、北海道旭川に渡りました。
そこで2年間、一緒に生活をさせていただき、大変多くのことを学びました。
その後、20歳のときにご縁があって熊本に来ました。
寝るところもなく、ポケットには130円しかありませんでした。
そのときは二の丸公園で寝て、加藤神社さんで寝ていたところを宮司さんに見つかりました。
すると、
「ここはいいところだから、しっかり根を張りなさい。私が六畳一間の部屋を借りてあげるから」
と言っていただき、本当にお世話になりました。
それから、新市街の小さなケーキ屋さんで5年間修業させていただき、その後、大手のケーキ屋さんで3年間修業させていただきました。
そして、フランス、イタリア、スイス、パリ、台湾へも行きたいと思っています。
今度、いつか機会があれば、またその話もさせていただきたいと思います。
人の話は、最後まで聞かないと分かりませんね。
人というのは、人様の前では、自分の自慢話や、かっこいい話ばかりをしたくなるものです。
でも、話したくないことも話さないと、腹を割って話さないと、本音は見えません。
「あのケーキ屋さんは、あんなふうに来られているけれど、20歳のときはどうだったのか」
正直な自分をさらけ出さないと、気持ちは伝わらないと思います。
店を持ちたいけれど、お金はありませんでした。
郵便局の払い下げの自転車が手に入りました。
500円でした。
ですから、私の資本金は500円です。
そして、トタン屋根の小屋を借りました。
5キロの黒いパン箱にケーキを入れることができました。
当時焼けたのは、一日5本くらいのパウンドケーキです。
3日、4日かけて作りました。
売れるまで帰れません。
売れるまでペダルを踏みます。
暑い日も、寒い日も、あちこち回らせていただいて、今日に至ります。
今日まで来られたのは、本当に多くの皆さま、一人一人のおかげでございます。
私が偉いのではありません。
世間では、
「自転車で大変ですね」
とおっしゃいます。
でも、これは私にとって、ごく当たり前のことでございます。
私たち一人一人が、たとえどんな小さな仕事やお店であっても、自分の仕事に、自分の生き方に、どれだけ誇りを持っているか。
それが大事だと思うんです。
最後になりますが、私は花が好きです。
花を「死ぬ」という目で見ると、花は全部、死んでしまいます。
でも、観察の目で見ると違います。
バラはしぼむ。
タンポポは綿毛になる。
桜は散る。
桔梗は枯れる。
椿は落ちる。
牡丹は崩れる。
何もしゃべらない花ですが、見事な敬意をもって一生を終えます。
では、私たち人間は、どういう敬意をもって一生を終えるのでしょうか。
これから6月になります。
紫陽花が綺麗な季節です。
紫陽花の花は、近づいて見ると、小さな一つ一つの花びら、額の集まりです。
それが離れて見ると、大きな一つの花のように見えます。
曇りの日も、雨の日も、紫やピンクの紫陽花は光り輝いて見えます。
その紫陽花の花と同じように、私たち一人一人も、これから先、今日も、どんなにつらくても、きつくても、悲しくても、苦しくても、自分自身が揺るぎない信念を持って生きていれば、雨の日に光り輝く紫陽花のように、一人一人が光り輝いているのだと思います。
今日は本当に短い時間でございましたが、感謝の気持ちでいっぱいです。
お食事も大変おいしくいただきました。
そして、それと同じくらい、皆さまと過ごしたこの時間が、とてもおいしゅうございました。
最後に、私の話をこの言葉で締めくくりたいと思います。
自転車操業なのに、景気がいい。
本日は、ありがとうございました。
